第三話 死人茸

4.貪り


 夜ふけにアパートの扉を開けると、自分の心の中のように真っ暗だ。

 一瞬のためらいの後、中に入って電気をつけると、出かけたときのままの乱雑な部屋が目に入る。

 (一人なんだな、おれは)

 そう思い、男は部屋の中に自分の心をなぞらえた。

 一人だから、出かける前と変わらぬ部屋がそこにある。 余計に散らかされることもないが、誰かが

片付けてくれる事もない。

 一人だから、自分の心は変わらない。 誰かにかき乱されることもないし、誰かが慰めてくれることもない。

 そうして自分を再認識すると、さらに心が沈む。

 (……寝るか)

 服を脱ぎ捨て、冷たいが新しい下着に着替えると、わずかに気が晴れた。


 悪夢の中で、誰かが彼の腹を踏む。

 (ぐっ……)

 夢の中の苦痛は、いつしか現実の鈍痛になる。

 脂汗を流し、腹ばいになって苦痛に耐える。

 うっ……うっ……うっ……

 ただ、呻くことしかできない。

 さわり……さわさわさわ……

 誰かが彼の腹を優しく撫でる。

 ひと撫でされるごとに、陽光に照らされた雪が溶けるように苦痛が薄れていく。

 あぁ……

 人は病気になると、健康のありがたさを実感するという。

 病の苦痛から解放されていく事は、ある意味何にもまさる快楽だった。

 あぁ……あぁ……

 細い指が痛む部分を丹念に撫で、時折、指で摘まむように深く腹をもむ。

 ほぅ……

 傷む部分が指の間で消えていくのが判り、彼は嘆息した。

 やがて、苦痛はうその様に消え去り、彼は腹ばいになったまま痛みが失せた喜びをかみしめていた。


 背中に微かな温もりを、柔らかく心地よい重みを感じる。

 男なら、誰であろうと安らぎを覚えるあの感触だ。

 しかし、彼はその正体を、目的を知っている。

 それは苦痛にかこつけて、彼を篭絡しようとしている。 

 ふつふつと、どす黒い怒りの感情が湧き起こって来た。

 「……貴様か!」

 男はやおら振り向いて、彼の背中にのっていたものと、『死人茸』と正対した。 それは、たおやかで、

優しく、儚げな女にみえた。

 「……」

 女にしか見えぬ『死人茸』に彼は戸惑い、頭を振って己を叱咤する。

 (だまされるな!こいつは俺を貪り食う気なんだ)

 女の両肩に手を伸ばす。 引き剥がして、投げとばすつもりだった。

 「!?」

 手が空を掴み、女の体か現実感を急速に失う。

 「うわっ?」

 女が溶けていく。 溶けて彼の体に流れ落ち……そのまま染み込んでいく。

 「うわうわっ……あ?」

 気がつけば、女は影も形もない……ただ……

 「これは……」

 女がさすっていた所が、白っぽくなっている。 さわって見ると、指にしっとりした感触があり、

そして腹側の感覚が鈍い。

 「……そうか、悪くなって弱ったところから貪っていく。 こうやって私を少しずつ食っていくのか……」

 男は絶望し、がくりと頭を垂れた。


 翌日、その翌日、さらにその翌日、男が苦しみ始めると、『死人茸』が現れ痛みを取り除いてくれた。

 そしてそのたびに、彼の体は少しずつ『死人茸』のものになっていった。

 我に返った彼が、『死人茸』にこぶしを振り上げると、彼女は彼の体に溶けるように消えてしまう。

 「やつは幻覚なのか?……あのくそ坊主なら……だめだ、あんな奴じゃ……、第一『死人茸』から

解放されたって、どっちにしろ私は死ぬんじゃないか!!」

 彼は絶望の堂々めぐりを繰り返すしかなく、『死』の恐怖から逃れられるのは、皮肉にも、苦痛に

苦しんでいるときか、『死人茸』に弄ばれる時しかなかった。

 「畜生、畜生……なら好きにさせてもらうまでだ」


 その晩も苦痛が彼を襲い、そして『死人茸』が彼を介抱してくれた。

 彼は、しばらく『死人茸』に好きにさせていたが、突然体を反転させ『死人茸』を抱きしめた。

 突然のことに驚いたのか『死人茸』は、彼の腕の中でじっとしている

 「やっぱりお前は私とつながっているんだな。 私が何をするかわかるんだ」

 吐き捨てるように言うと、彼は『死人茸』を下に組み敷く。

 「お前はどうやっても私を貪り尽くすんだろう、せめてものお返しだ」

 男は、そういってイチモツを『死人茸』の女の部分に宛がう。

 「自分の意思で、お前を貪ってやる」

 男は腰を深く突き入れた。

 おぅぅぅぅ…… 『死人茸』が鳴いた。

 「うっ……こ、これは……」 男が呻く。 

 考えて見れば、正気で『死人茸』を抱くのはこれが初めてだった。

 「うっ……うっ……」

 『死人茸』の中はぬるぬるね、ねちゃねちゃと蠢き、男のイチモツに絡みつく。

 固いはずの男根が、蕩けてなくなっていく様な感触に襲われ、思わず腰を引く。

 ぬるー……るるるるるるる……

 「あー……」

 固くなったカリに、陰肉のさざなみがしつこく絡みついてきた。 

 男根が抜けると、秘所から鈴口から銀の糸が伸びて切れない。

 (誘っている) そう思った途端、彼は男根を深く突き入れていた。

 おぅぅぅ……

 「あはぁ……」

 『死人茸』の股は、柔らかく形を変えて彼を受け止めた。

 細い足がくねくねと動いて、腰の後ろで彼の腰を抱きしめる。

 ぬちゃぬちゃ、みちゃみちゃ……

 「あ……ああぁ……」

 『死人茸』の中に捕まった部分にが、濡れた肉襞かにじり寄り、少し恥じらい、そして貪欲に

彼を貪る。

 最初は撫でて、次にえぐり、心地よく冷たく痺れてくるとかと思えば、一瞬の地には蕩ける

ように熱くなり、そして最後は交じり合っていく。

 「ああっ……あああっ……」

 腰を突き入れたまま、状態をそらして喘ぐ男。

 『死人茸』は、その男の首筋に腕を回と、ぐいとばかりに胸に抱き寄せた。

 男は、しっとりとした女の肌を、顔から胸にかけて感じた。 

 ぬと……ぬとぬとぬと……

 『死人茸』の体は濡れていた。 ぬるぬるした液体で覆われ、細かく震えている。

 「はぁはぁ……」

 気が遠くなりそうな心地よさに、彼は我を忘れそうになる。

 (しっかりしろ……やつを……貪ってやれ)

 自分を叱咤しながら、彼は『死人茸』の胸に手をやり、指を食い込ませる。

 ふにふに……ぷにぷに……ずぶずぶ……

 (て、手が……)

 柔らかそうな乳房は、あろう事か彼の手をずぶずぶと呑み込んでしまう。

 呆然とする彼の手に、ねっとりとした肉が巻きつき、舐めるような感触が伝わってきた。

 「うあ……」

 背筋がゾクゾクするような快感が伝わって来る。

 「あ……あ……ああ……」

 ぐいと手がひかれ、彼は『死人茸』の胸に引き寄せられた。

 頭が、別の生き物の様に動く双丘の間に引きずり込まれる。

 ずちゃ……ずちゃ……

 粘る音が世界の全てをかき消し、彼は『死人茸』と不自然な形で交じり合う一個の性器と化す。

 「!!!!!」

 激しく体を振るわせ、彼は全身で絶頂を迎えた。

 『死人茸』が、絶頂に固まる彼の体を優しくさすり、その幸せな感覚を長引かせる。

 
 永久に続くかと思われた快楽の絶頂は、いつしか心地よい眠りの世界に取って変わられる。

 安らかな夢に身を委ねていく彼の耳に、誰かの囁きが聞こえた。

 ”愛しい……”  

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